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──『真空』

↓真空_フライヤー
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日程▸2024年11月2~4日   場所▸日本大学芸術学部 A-B101
企画白濵凪沙
メンバー▸青柳潤、渡邊詩乃、松室美波、長沼佳奈

内容▸身体展示、心象可視化、パフォーマンス
ハンドサインを主軸にした体験スペースと身体展示を行う。心象可視化。言葉を発することは億劫だけど、コミュニケーションは取りたい。言葉にならない思いを私は手に、あなたは何に思いを託すか。発語は NG、発声は OK。空間内にはいくつかブースを用意し、来場者が自由に見て作って考えてを選択できる空間にする。



ひみつの合図 発生
▸展示されている人にあなたが大切にしている感情や情景を教えてください。その場でハンドサインを作り、踊ります。自分の解釈と表現されたものとの違いと身体を楽しむ場所。

  ↓筆談している様子
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↓来場者からもらった言葉たち
​振り返り

入ってすぐのところに用意したが、全員に書いてもらうようこちらから強制はしていない。説明を読んで通り過ぎる人もいれば、中を 1 周歩いて出ていく人もいた。なんならカーテンから覗いて出ていく人もいた。こちらはどんな人が来たか、意識的にあまり目を合わせないようにした。目が合うとそれだけで一種のコミュニケーションになってしまうから。1 人の感情を楽しんでもらうために目は合わせないようにした。でも、気になってそうな人だったら少しだけにこっとしたり、抱えている人形の手を振ってみたりした。説明を読んで、言葉を考えて、付箋に書いている時、どんな言葉をくれるんだろうってドキドキして、書き終わってこちらに向かってきたら展示物から人になる。その切る変わる瞬間もなんだかもふもふする感覚だった。筆談して、考えながら動き出す。来場者は自分のいい位置を見つけて生み出されるものを見つめる。その人のイメージと私のイメージは絶対に違うんだけど、分かり合おうとかそういうことじゃなくって、違うんだよっていうことが分かるのがいいんだと思った。感情を手にのせるということも、この展示を通してだいぶ自分の中で掴めた気がする。全身で踊るのと似ているのだが、ハンドサインはもっと隠したくて溢れ見えた合図って感じがした。それは書いて教えてくれる言葉自体が、その人にとってのとっておきで大切なものだったからだと思う。自分にとって重要視していなかった感情でも、この場で選ばれ、その人にとっては大切な感情だとあの空間で流れる時間を感じたとき、私にとっても大切にしたいと思える言葉になっていった。どのハンドサインも心を込めて作り、見ている人も大切に しているからこそとても集中して見てくれているのが伝わってきた。何でもかんでもハンドサインにしたいのではなくて、大好きな言葉をもっと自分だけの大切な意味にするためにハンドサインを使いたい。自分が作った動きでよく覚えているのは怒り。できない自分に対しての怒りだと教えてもらった。衝動的に指を噛んだことで完成されたと感じた。私が 1 番好きな言葉はきらめき。

ひみつの合図 制作
▸写真、色、絵、粘土、詩、話す...あなたが最も心を具現化できる方法を見つけられるかもしれない場所。


 
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↓来場者の制作物_最終日の様子
↓粘土
​振り返り

初日は何もない真っ白だった壁が、こんなにもいろんな感情でいっぱいになった。展示を見終わってその人なりに真空を表してくれた人、その人のモチーフ、いろんな感情が見える。それは言葉にはできないけど、こんな感じが伝わってくる空間だった。前に残していった人の絵に対してのレスポンスや、たまたま同じモチーフで書いている作品など、1 人で描いているはずなのにどこかリンクしている部分があることに嬉しくなった。私はすっかりクレヨンにはまっ てしまった。混ざって、滲んで、境界線なく受け入れてくれるような気がする。傘も人気だったけど、ひみつの合図制作も人気だったな。意外だったのは粘土のことが手紙ノートにいっぱい書いてあったこと。後日だけど、モールを触っていても楽しかったから、次はもっと立体 物を作れるような素材も置いておきたい。初日は私たちの絵しか貼っていなかったのに、壁いっぱいに溢れていて嬉しい。最後に剥がしていくのがさみしかった。適当に書いているだけでも何の色を手に取るかとかで、ちょっぴりその時の心が認識できるなって思う。友達が人気なさそうな色を選んで書いてみたよと報告してくれた。好きな色はあるけど、その日によって惹かれる色って違うから決めるのが難しいのかな。可視化することによって、もやもやしている何かわからない気持ちにも説明がついて安心できるのかもしれないと感じた。

感情レベル
▸天井からつられた紙に付箋を貼り付け、言葉のマインドマップを作る場所。例えば 「感動」を私の感覚で言い換えると「体育の後、文字がうまく書けない。どきどき、ふわふわ、ずっと血液が末端まで回らない」
↓制作物の一部
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↓制作スペース
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​振り返り

書かれたものを読んでいてとてもわくわくした。自分の中にもある感覚なのに知らないような感覚、あぁこんな状態になれたら素敵だなって思ったり、あぁそうだったこんな感覚なのかもしれないって代弁してもらえたような気分になったり。誰が書いたのか分からないからこそ、こんな気持ちにさせてくれた人のことを想像して、もし会えたらその人のことをいつもより疑いなく人を受け入れられるかもしれないと感じた。はじめましてで出会ってから、私はこういうことを考えている人間ですってさらけ出していくのは、なかなか勇気がいること。ここに書いてくれたことを普段の自分を知っている人に教えても受け止められ方は違うと思う。2 人の人格が存在してしまうような。でもこの考えを知ってから普段のその人を知ったら、1 人のその人として感じられると思う。創作をしている私と普段の私は違う、という考え方が今回の真空の解釈の一部にあるのだが、そうなってしまうのはこの現象があるからだと思った。Instagram とか Twitter って、あなたに対しての私ではなくって、私でいら れる場所なんだと思う。だからみんな思想激しくて、言っちゃだめなこととか全然書き込んでいる。コメント欄で対面では言わないくせに、というのがあるが、そりゃ対面だったら私ではないのだから言わないだろう。あなたに対して発したい言葉なのではなくて、私が私を認識するための言葉だと感じる。だから観劇した後の感想とかって、批判的なものも肯定的なものの、その人に対して伝えたいというより、言語化して吐き出しておかないと考えることを放棄して、私が形作られていかないからやっている行為だと感じる。自分の感情レベル辞典作りたいな。そうしたら認識できて安心できると思う。

ゆったりスペース
▸ぼーっとしたり、本を読んだり、他の人の様子を眺めたり、机一面に敷かれた 紙の上にひとりごと。口に出すほどのことでもない気持ちも誰かが返事をしてくれるかもしれない場所。
↓ゆったりスペース
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↓ゆったりスペースから見た景色
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​振り返り

実際に利用していた人は少なかった印象。靴を脱がないといけなかったのが原因だと考えている。靴は脱がずに座って紙に書かれている内容を見て、そこに返事を書いたり、座って空間を眺めてたりしている人は多かった。ちょっとした小椅子も置いておけばよかったかな。逆に私たちは沢山利用していた気がする。そもそも裸足で生活していたから入りやすかったし、横になれるのが居心地いいポジションだった。最悪なのだが、初日に 30 分ぐらい寝てしまった。誰も来場者が来なくて畳でころんってしていたのだが気づいたら寝てしまっていて、わぁって目が覚めたら 1 人お客さんが来ていた。無音空間ということもあって、恐ろしく居心地がよかった。あとから、珍しそうに観察されてたよと報告を受け恥ずかしかった。他の日には違うメンバーもゆったりスペースで寝ていた。次にやる時には毛布も持って行こうと思う。来場者の方も寝ることができるような空間を作れたらいいな。

踊るー詩―言葉―話す
▸─詩を用いて踊ること、話すこと、ハンドサイン、言葉、それぞれの伝え方で変化する感じ方を楽しむ場所。
↓ブースの様子
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​振り返り

テレビで音を流すため、無音空間が崩れてしまわないよう、二重扉のスペースに用意し、カーテンを半分閉めてミニ映画館のようなイメージにした。 撮影は 10 月 23 日に中ホール前大階段下の円形空間で野外パフォーマンスを行った。私にとって初めての野外パフォーマンスは想像よりも楽しかった。予約をしてきた人ではなく、たまたまその場に居合わせ、興味を持って立ち止まって見てくれているという状況が、実際にコミュニケーションをとったわけではないけど、見ながら通り過ぎていく人も、あえてこちらを見ようとするまいと通り過ぎていく人も、ある意味意思表示でコミュニケーションだと感じた。

はじくしみる
▸雨を傘で避けるように、あなたができれば避けたいことや嫌なものを傘に書いてみ てください。はじいても、はじいても、なんとなく心にはしみだして冷えていく気がする。それでも 傘を持って歩き続ける。嫌なものは嫌だけど、守られていると思うと少しだけ安心して生きることが できる。
↓制作物の一部
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↓避けている様子
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​振り返り

傘を吊るした意味があったなと。遠巻きに見て触れていないだけで、実際に嫌なことは見えているし感じてしまっている。はじくしみるは、今回用意したワークの中で 1番参加している人が多かった。私がしてしまう行動もあったし、どんな場面だろうって考えたり、傘ごとになんとなく同じようなテイストが集まっていることも見ていて楽しかった。期間中、共感できるものにもできないものにもレスポンスを書いていった。心の痛みってどうしていいのか分からな い。共感することが正解だとは思わない。相談しても本当にあなたに分かるんですかってなる。えぇ分からないです。でも、でも心が安らげばいいなって思う。

ひみつの会話
▸発語できないことに苦しくなったらこの糸電話に吐き出してみてください。ゆった りスペースに 2 人用もあります。
↓壁に繋がっている糸電話
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​振り返り

2 日目に来場した人から自分の表現手段は話すことだから、しゃべれないことが苦しいというお話を聞いて、最終日は糸電話を用意してみた。意味のないことでも言葉を発していると安心できる、というようなことを言っていて、確かに発語も表現手段の一つなのに制限するのはおかしいと気づいた。しかし空間自体は発語禁止にしたかったから、こんこん 3 匹目の時にも使った糸電話を壁に設置することにした。実際使ってみると王様の耳はロバの耳のような感じで、わー!とか叫びたいときに使いたくなった。占いとか遊園地のチケット販売のようなイメージで、お互いの顔は見えなくて手だけやり取りできるお部屋みたいなのを作って、吐き出しコーナーみたいなブースを作っても楽しそう。

手紙ノート
▸この空間から出ていくときの気持ちを書き込むノート。一方的な感想ではなくて、お返事があればいいのになっていつも思うから手紙。
↓手紙ノートを読んでいる様子
↓手紙ノートの一部
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​振り返り

返事を書くことで受け取るだけでなく、さらに考えて相手のことも自分のことも認識できるようになる。やっぱりいつものアンケートよりもいいものになったと思う。誰が書いてくれたか分からないし、日芸祭だから余計に私の知らない人も沢山いただろうけど、知らないからこそ本当の気持ちを書いても安心していられるのかなと思った。

ゆびにんぎょう
▸口に出して言えないことも指人形がしゃべっていることにしちゃえば、なんだか 伝えられそう。表現できないって苦しい。
↓ゆびにんぎょう
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↓メッセージ
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​振り返り

こんこんシリーズから大切にしている指人形。今回は初めての取り組みとして裏に「あなたの表現を愛して」と全ての指人形にメッセージを書いた。この空間で 1 番伝えたかったのはこの言葉。指にはめたと時、どんな言葉が書いてあったらその人が安心できるだろうと沢山悩んでこの言葉にした。あなたの表現を愛し、愛される世界を見つけられますように。SNS でしか本当の自分を出せない人が多いということを書いたが、やっぱりそんな自分を現実世界でも受け入れてもらえる相手を見つけられた方が幸せだし、私は踊ることハンドサインを、自分を表現する手段にしている。表現は否定されることが多い。指人形 80 匹ぐらい連れて行ったのだが、沢山新しい人に連れて行ってもらえて嬉しい。手紙ノートに選ばれなかった指人形たちが悲しいって書いてくれた人がいたんだけど、私が愛しますってお返事しておく。後日あった時に指人形をかばんに入れてくれていて、見せてくれる人が沢山いた。そうやってお守りじゃないけど、表現の一端になれていてよかった。今回はぬいぐるみを持って行ったのだが、自分ではない存在に代弁してもらうのってすごく安心した。元々ぬいぐるみが大好きでかばんに沢山つけているし、どうぶつゲームでも代弁方式を取り入れたが、指人形もみんなにとって安心できるものになればいいな。

真空
▸感動している時とか、悲しい時とか、この空間にいたくないって思う時とか、心がいっぱい考えてざわざわしている時は呼吸止めてしまう。言葉は涙になって出てくる。どんどん全身が硬直していく。これを「真空」と捉え創作を行う。
↓白濵凪沙「真空」
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1のリズム、塞き止める側(ベージュ衣装)
相手の心拍数が自分の中に入ってくる。なんでこの体はこうなっているんだろうみたいな。客観視し 99 ていて塞き止める。言葉も発せないときの1。呼吸も物理的に止める。脈を止めて真空をためている状態。体育座りが安心する。体が全部触れ合っていて、腕とか離れたら自分ではなくなってしまうような気がする。すり抜けていく。緩めたときの心の軽さ、というより空間が広がっても自分と繋がっている感覚がある。だから動いても安心していられる。

120 のリズム、塞き止められる側(黒衣装)
脈が可視化されている状態。感情を持っている人間というよりは、感情そのものという感じ。抑えられないドキドキ。心情と行動の矛盾。ドキドキしているのにわざと冷たく小さくなっていく。心がいっぱい考えてざわざわしているときの脈。真空はその感情の対処方法みたいな感じだけど、そうでは なくて感情そのものをオープンにしているみたいな。

​YouTube▸

↓パフォーマンスの様子
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↓箱馬の椅子を動かして自由な位置での観賞
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振り返り▸ 

 1日目、お客さん0なんじゃないかと思っていたから安心した。ビデオも持っていっていたのだが、なんだか記録に残すのは違うような気がしてパフォーマンス以外は撮影しなかった。文章を沢山残す場だからこそ詳細に覚えているのではなくて、なんとなく空間の雰囲気がこんな感じだったのがよかった、って思いだしたいと感じた。来場者を含めた写真も数枚しか撮っていない。言葉をもらった時、ハンドサインを見せた時、 傘に手を伸ばしている様子、とかげ叩いている時、 アイコンタクトや服の裾でコミュニケーションする人たち、 忘れることは無かったことになってしまうようで恐ろしいけど、それもまた薄れていく記憶を覚えていようとして、 空気感だけになっていくのも愛おしいと思う。

 2日目、今日は嬉しい知り合いが沢山見に来てくれた。直接話せないことがもったいなく思うけど、 みんな去り際になにか伝えようとしてくれるのが嬉しかった。アイコンタクトや手を振ったりすることはもちろんだが、伝えたい、分かりたいという気持ちが強かったように感じた。パフォーマンスは毎回正面が変わっている。お客さんが自分たちで自然に見る位置を決めてくれるの。今日は「あなたの椅子」がちゃんと機能していたと思う。自由に見て、見なくてもいいに少しずつ近づいている気がする。今のところ私だけ毎回役割を変えているのだが、明日は毎公演全員の役割を変えてやってみようと思う。

 3日間、毎日6時間ぐらい動き続けていて、でもとても自由な心のままの私で。最後の2公演の私はどうも落ち着かなくって今もざわざわしている。120のリズムは認識しすぎると苦しい。いつもは手だけに思いを込めているけど、それが全身に広がったら皮膚を守れる感覚がなくなって苦しかった。

 ひみつの合図発生は本当にやってよかったと思う。言葉をくれた人の感情とは違うと思うけど、 怖いけど、同じ言葉でも違うってことを確かめ合えたら 少しだけ安らかになれる気がする。出してる時は見てほしいのに自我が戻った瞬間私のこと誰も見ないで視認しないでってなる。でも視認されないとやめ時が分かんなくなっちゃう。

 今回はとてもいい仲間に出会えた気がする。大学4年間で信頼できるって思えた4人。自分の本音も思想もさらけ出して、それを受け入れてそこがいいと言ってくれた。手紙ノートの返事でも書いたことなのだが、普段は社会に求められる姿に擬態していて、自分の本当の姿を少し見せた時に受け入れてくれる相手、居場所を見つけることができればいいのだと思う。そうしたら苦しい環境があっても信じられるかもしれない。今回この場所は私にとってそんな場所だったし、メンバー、見に来てくれた人もそう感じてくれる人が沢山いた。ありがとうとってもとっても。寄り添ってくれて、体現してくれて。表現者としてもそうだけど人として大好きな人たち。

 A棟の地下という最果ての地でひっそりとやれたのが 「ほらあな」を体現できてよかったなって思う。準備は途方もなかったが、101で広くなったおかげで発語禁止を心地よくすることができたと感じている。こんこん3匹目の時にも地下にある劇場を選んだが、実行委員の人もプロジェクターは違うよなとか私の企画意図を汲んで代替案出してくれたりしたのが嬉しかった。

あなたの記憶に私の思想ではなくって あなたの思想でいっぱいになって、愛してあげられたというゆらめきで満ちていればいいな。

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